『カンナトレード2026』現地レポート|25年の歴史が映し出す、スイス独自の大麻市場
2026.06.17
ポール・ベンハイム(Paul Benhaim)。
彼の名前を知らなくても、『Elixinol(エリクシノール)』ならご存知の方も多いはず。
日本にCBDという言葉を広め、その黎明期を切り拓いたブランドです。
その『エリクシノール』の創業者こそ、ポールです。
イギリス生まれの彼は、1993年にヘンプフードのプロデュースからキャリアをスタート。
その後、オーストラリアへ移り『エリクシノール』を世界的CBDブランドへと育て上げました。
<出典元>
▶️ Elixinol
国連COP(気候変動枠組条約締約国会議)では、アメリカのヘンプ産業を代表し、今や5大陸にまたがる各国政府のアドバイザーも務めます。
自身でも、石油プラスチックをヘンプで置き換えることを目指す『The Hemp Plastic Company(ザ・ヘンプ・プラスチック・カンパニー)』を率いる事業家。
<出典元>
▶️ The Hemp Plastic Company
ヘンプフード、CBD、そしてプラスチック…、ヘンプ(大麻)という植物が持つ可能性を、次々と新しい産業へと変えてきた男です。

ポールがヘンプ(大麻)と出会ったのは1993年。
当時、彼の関心は食品産業にありました。
ヘンプシードオイル、ヘンプタンパク質…、食品としてのヘンプの価値を見出し、オーストラリアで『Hemp Foods Australia(ヘンプフーズオーストラリア)』を立ち上げます。
しかし、取り組めば取り組むほど、ポールはこの植物の奥深さを知っていきます。
食品だけではない、繊維、建材、医薬品、そしてプラスチック。
彼が確信するヘンプの可能性は、食品産業の枠をはるかに超えていました。
CBDという波が世界を席巻し始めたとき、食品産業で築いた経験と人脈が、次のステージへの道を開きました。

ポールがヘンプフードで築いた人脈の一人が、日本へのブランド展開のきっかけになります。
CBDの仕事で多忙になるポールを見て、その人物は尋ねます。
「これを日本に持ち込む方法はないか」と。
みずから日本に赴き、市場調査したポールは、こう振り返ります。
「東京の百貨店のレベルと品質を見た時、これは非常に刺激的な市場だと感じました」
日本のものづくりへの敬意と品質基準の高さに確信を得て、2016年3月、『Elixinol Japan(エリクシノールジャパン)』を設立します。
以来、日本市場の開拓は、『エリクシノールジャパン』と東京のチームとの二人三脚で進んでいきます。
しかし「壁は想像以上に高かった」と彼は語ります。
当時、日本でCBDという言葉を知っている人間はほとんどいませんでした。
「これは薬物ではない」「精神作用はない」そんな説明から始めなければならない状況で、ポールたちはあえて権威のある場所から攻めます。
表参道駅での駅ナカ広告。伊勢丹新宿店での取り扱い。
長寿専門家とのステージトーク。
結果、数多くの雑誌にも取り上げられ、最初から専門性と高級感を打ち出した展開が、『エリクシノール』を「日本初のCBDブランド」として定着させていきます。
「健康やウェルネスに関心のある人々がCBDに興味を持ってくれるのを見て、とても嬉しく思いました」
一方で、規制はまるでジェットコースターでした。
「最初は比較的スムーズで、規制当局とも良好な関係が築けていました。その後、種子と茎以外は厳しく制限される時期があり、THCの残留値も厳格化されました」
その間にも、中国から安価なCBDアイソレート製品が大量流入します。
しかしポールは妥協しませんでした。
安価な競合と戦わず、品質重視の路線を貫きました。
今も『エリクシノール』は、伊勢丹をはじめ日本有数のオーガニックショップで取り扱われています。

『エリクシノール』は2018年のASX(オーストラリア証券取引所)上場を経て、世界規模のブランドへと成長しました。
しかしポールは、『エリクシノール』の拡大よりも大きなフロンティアを見ていました。
着火点は、ヘンリー・フォードが1941年にヘンプを素材とした自動車を製造していたという、一つの歴史的事実。
石油産業の台頭とともにその技術は歴史に埋もれましたが、ポールはその事実に強く引きつけられていました。
なぜヘンプはプラスチックの代替になり得るのか。
ポールが強調するのは、技術的互換性です。
ヘンプ由来のプラスチック原料は、射出成形や押出成形など既存の製造設備でそのまま使えます。
産業インフラを変えることなく、素材だけを入れ替えられる。
これが普及への最短ルートです。
加えて、自動車・消費財・廃水処理など幅広い産業への応用可能性と、石油に依存しないコスト構造。
CBDがヘンプの可能性を消費者に証明したように、次はプラスチックで産業界に証明する。
それがポールの、次なる賭けです。

20年以上の研究を経て、ポールが7年前に設立した『ザ・ヘンプ・プラスチック・カンパニー』。
現在、特許・出願件数は30件に達し、直近2年で商業フェーズへ移行しています。
自動車、建設、消費財、白物家電、レストランチェーンまで、20社以上の多国籍Tier 1企業と取引しています。
製造は、栽培、調達、配合、射出成形まですべてアメリカ国内で完結。
そして、ポールの視線はアジアに向いています。
「プラスチックというコモディティにおいて、輸送コストは非常に大きい。だからこそ、現地で栽培し、現地で製造し、現地で製品を作ることが重要です」
現在、日本・韓国・タイ・インドの大企業との協議が進行中です。
石油プラスチックという100年の産業構造を変えるのは、一夜にして成し遂げられることではありません。
「ゆっくりとした動きだが、非常にポジティブな動きです」
1993年からヘンプを信じ続けてきたポールは、焦りません。

『エリクシノールジャパン』と共に日本市場を切り拓いたポールは、今もこの国のCBD業界の動向を注視しています。
「残留THC基準値が「0.1ppm〜10ppm(製品カテゴリによる)」という基準は、実質的にCBDアイソレートの使用を強制するもの。それは『エリクシノール』が最初から掲げていたこととは、真逆の方向性です」
グローバルなCBD基準がまだ存在しない中で、規制当局も難しい判断を迫られていることを彼は理解しています。
しかし、フラボノイド・エステル・モノテルペン・セスキテルペンなど微量成分まで含めた相乗効果、それがポールの信じるCBDのポテンシャルであり、アントラージュ効果です。
「ストレス・睡眠・痛みなど実生活に届く力は、単一の成分では生まれない」というのがポールの確信です。
ヘンプの可能性を狭めていることへの懸念は消えません。
それでも、日本の事業者に伝えたいことがあります。
「法律の範囲内でできることはまだあります。安価な競合と戦う必要はありません。そしてエンドユーザーを真ん中に置くこと。自分が何を提供したいかではなく、彼らが何を必要としているかを優先してください。それが、長期的に生き残る道です」

イギリス生まれ、オーストラリア在住。
日本、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、中東…、30年以上の旅の中で形成されたこの哲学が、ポールのすべての事業を貫いています。
「私は世界を一つの惑星として見ています。文化の違いは認めます。法律の違いも認めます。しかし、人類は普遍的に同じニーズを持っています。空気、食、愛、そして人生の目的。だからこそ、ある国で見つけた解決策を別の国の人々に届けることをためらいません」
日本の仲間と共にCBD黎明期を切り拓き、今はアジア全体にヘンププラスチックの種を蒔こうとしています。
「強く、長期的で、成功するビジネスが機能している状態。未来の世代に遺産を残し、世界をより良い場所にしている状態。それが10年後に見たい景色です」
そして、日本のCBDやヘンプ産業の挑戦者たちへ、こう語りかけます。
「情熱を持って、決して諦めないこと。どれだけ時間がかかるか気にせず、最善を尽くし続けてください。ヘンプは多くの人を助けます。だから、誰もが最終的には成功できると信じています」
ポールにとって次章は、日本に参入することではありません。
日本と共に築くこと。
1993年、一粒のヘンプシードに火をつけた男は、まだ走り続けています。
| 項目 | 情報 |
|---|---|
| 企業名 | The Hemp Plastic Company |
| 設立年 | 2018年 |
| 創業者 | ポール・ベンハイム |
| 所在地 | Boulder, Colorado, USA |
| 事業内容 | 大麻由来のバイオプラスチック、バイオコンポジット材料の開発・製造・販売 |
| URL | https://hempplastic.com/ |

21世紀、大麻・ヘンプ産業という名のカオス。
この不透明な業界で、それぞれの立場から、業界の夜明けを信じて戦うプロフェッショナルたちがいます。
彼/彼女たちの共通点は、その魂に、日本の武士道にも通じる誠実さと勇気を宿していることです。
本シリーズでは、世界中の最前線で活躍するプレイヤーを訪ね、大麻侍が守り抜く「信念の形」を解き明かしていきます。
本記事は、世界の大麻ビジネスの実情をレポートするものであり、日本国内での違法薬物の使用、所持、栽培、売買等を推奨・助長する意図は一切ありません(THCを含む大麻製品は、日本の法令で厳しく規制されています)。