アメリカの大麻産業に特化した税務・不正調査スペシャリスト。
日本人にとっては、何のことやらさっぱり…。
まるでイメージがつかない職業かもしれません。
今回、インタビューしたThomas Andersen(トーマス・アンダーセン)は、そのひとりです。
Cannabis CPA Tax – A premier boutique resource to the legal cannabis industry for tax, auditing, accounting & consulting
CRTP(カリフォルニア州認定税務申告士)として、大麻事業者の複雑な税務申告を担い、CFE(公認不正検査士)として業界に入り込む不正を検出する。
さらに、『NCIA(全米大麻産業協会)』の州規制委員会で副委員長を務め、税務と犯罪捜査、業界の制度設計そのものにも関わっている、世界でも稀有な存在です。
その男のバックボーンが、これまた特殊。
12歳の頃、トーマスは、学校の売店でキャンディを仕入れ、クラスメートに倍以上の値段で転売するような少年でした。
15歳になると、売るものが変わります。
「サンフェルナンドバレーのWild Westの時代でした。ギャングの抗争、強盗、常に誰かが誰かを狙っている。その中で大麻の流通に入りました」
大学に進む頃には、キャンパス寮の大半に、自分の代理人を置いていました。
自分でつくりあげた組織です。
しかしある夜、武装強盗に遭い、在庫と貯蓄のすべてを奪われました。
まるで映画のワンシーンですが、本人は至って日常のように語ります。
「そこで気づいたんです。この生き方は長続きしない(そりゃそうだろ!)」
まず軍への入隊を目指しました。
結果、色覚異常で不合格。
次は法執行機関で犯罪情報アナリストの職を得ました。
しかし飲酒運転で逮捕され、キャリアを失いました。
回り道に回り道を重ねた男は最終的に、父が経営する会計事務所に転がり込みます。
今、トーマスは、カリフォルニア州認定税務申告士と公認不正検査士という肩書きで、かつて自分が潜っていたアングラの世界に、規制の側から光を当て続けています。
すべての回り道が、トーマスを形づくっていたのです。
「日本の話ではない」と思ったあなたへ

トーマスが向き合うアメリカの大麻税制は、日本の制度とは大きく異なります。
一言で言うと「合法なのに、普通の会社と同じように経営できない」という状態。
たとえば、カリフォルニア州では大麻が合法でも、アメリカの連邦法では依然としてスケジュールI(医療用途なしとされる分類)です。
この矛盾が、深刻な税務上の問題を生みます。
『IRS(米内国歳入庁)』の280Eという規定により、大麻事業者は通常の企業なら当然控除できる経費の多く(家賃・人件費など)が認められず、売上原価以外の費用が制限される
売上から経費を引いた「純利益」ではなく、ほぼ「売上総利益」に課税されるため、実効税率が60〜80%に達する事業者も珍しくない。
黒字でも経営が成り立たないという状況が、現実に起きています。
さらに、多くの銀行が大麻関連事業への融資や口座開設を拒否するため、大規模な現金ビジネスとして運営せざるを得ないケースが多い。
現金が動けば、不正も入り込みやすい。
この複雑な環境が、トーマスのような専門家が必要とされている理由です。
しかし彼の話は、税制の細部よりも、もっと本質的なことを語っています。
「規制の嵐の中で、なぜある企業は生き残り、ある企業は沈むのか」
アメリカの大麻産業は、州ごとに異なる規制、連邦法との矛盾、銀行の排除、特殊な課税構造という四重苦の中で成熟を強いられてきました。
日本がこれからCBD・大麻産業を本格開放するとき、同じ問いに直面するはず。
20年以上その問いと向き合い、業界の裏側も表側も知るトーマスの言葉は、制度の違いを超えて届くと、筆者は確信しています。
「事務所には持ち込むな」から父子創業へ

冒頭で、トーマスは父が経営する会計事務所に籍を置いていると触れました。
そんなトーマスの父、Bruce Andersen(ブルース・アンダーセン)は、MBA(経営学修士)とMS-TAX(税務の修士)、CPA(米国公認会計士)の資格を持つ本職の会計士です。
1987年に『アンダーセンCPAファーム(Andersen CPA Firm)』を創業。
Andersen CPA Firm – Woodland Hills CPA Firm | Business Consulting – Tax Services – Accounting Services
元陸軍将校で、退役後は『Mobil Chemical(モバイルケミカル)』でプラスチックなどの化学製品の原価計算を担い、宇宙シャトルのパネルを固定するリベットや締結部品を製造するメーカーの経理責任者を経て、独立します。
カリフォルニア州の乳牛農家や農業法人を多数クライアントに持つ、実業に根ざした会計事務所です。
トーマスは2003年に父の事務所に入り、経理を学び始めました。
2005年、ロサンゼルスで医療用大麻ディスペンサリーの仕事を持ち込もうとしたとき、父はこう言いました。
「担当するのは構わない。ただし、事務所には持ち込むな(ウィンク付きで)」
当時の会計士協会には、大麻業界を扱うガイドラインが存在しませんでした。
トーマスは事務所の外で静かに、ディスペンサリーの法人登記や会計システムの構築を支え続けます。
「あの頃、何十件ものディスペンサリーを手伝いました。当時から面白い分野でした」
転機は2018年、『Proposition 64』の施行です。
『Proposition 64』とは、2016年にカリフォルニア州民が住民投票で可決した「嗜好用大麻の合法化法案」。
これにより医療目的に限らず、一般成人が嗜好目的で大麻を購入・使用できるようになりました。
会計士協会もこれを機にガイドラインを整備。
そんな中、トーマスがオフィスへ向かうと…
「今度は、正式に一緒にやらないか?」と父と創業することになったのです。
2018年、『BTA Cannabis CPA Tax(BTAカナビスCPAタックス)』が『アンダーセンCPAファーム』の専門事業部門として誕生しました。
「私は大麻産業の現場側から、父は農業・製造業の税務と会計という側から。この交差点に私たちは立っています」。
トーマスはあらためて言います。
「私は公認会計士ではありません。会計士は父です」と。
元「あちら側」だからこそ見える、大麻産業の未来
公認不正検査士の資格を取得したとき、トーマスには明確な動機がありました。
「この業界に不正が入り込みやすいことは、誰よりもよくわかっていたからです」
ミズーリ州では、市場の80%を支配する最大手が他の事業者に「うちと取引しなければ残り20%でやっていくしかない」と圧力をかけました。
現在、経済的恐喝として報道されています。
バージニア州では、州上院議長が自身の議会事務所の隣でディスペンサリーを共同経営し、『FBI』の捜査対象となりました。
「業界に一定の割合で犯罪組織が入り込んでいることは、業界人なら知っています。でも語りたがりません。報道すると規制強化を招くリスクがあるからです。しかし私は、声を上げることが業界全体の信頼性を上げると思っています」
犯罪情報アナリストとして訓練を受け、かつてアングラの流通を生きた人間だからこそ、見えるものがあります。
「免許を持っている=倫理的である、ではありません。自浄作用が、業界の長期的な正当化への唯一の道だと思っています」
2026年現在、スケジュール変更(大麻の規制分類引き下げ)とヘンプ規制強化の動きが同時進行する今、トーマスはさらなる波を予測します。
「規制が大きく動くとき、監査の嵐が来ます。公認不正検査士を取得したのは、そのタイミングに備えるためです。投資家や規制当局が安心できる、第三者の目が必要になる局面が来ます」
規制の嵐を読む技術

「規制変更で一番やってはいけないのは、”もう変わった”と思い込んで動くことです」
アメリカでは現在、大麻のスケジュール変更と連邦のヘンプ規制強化の動きが並走しています。
一方で緩和、もう一方で規制強化。
矛盾しているように見えますが、トーマスは「利益動機を追えば理屈が通る」と言います。
「医療用大麻側と嗜好用大麻側が、ヘンプと市場を食い合っています。業界が互いに市場を食い合っているんです」
税制の変更も同じ構造を持ちます。
規制当局の一部が動いても、別の機関は自分のペースで動きます。
たとえば、スケジュール変更が発表されても、『米内国歳入庁』が正式なルールを出すまでには数ヶ月かかります。
「”もう280E規定のコンプライアンス義務は関係ない”と言い始めた事業者がいますが、それは危険な賭けです。司法省と財務省は別の組織。動くスピードが根本的に違います」
日本の事業者にとっても、この構造は無縁ではありません。
規制変更の動きと、現場への実装の間には必ずタイムラグがあります。
そのタイムラグを読めるかどうかが、生き残りを分けます。
トーマス自身、月刊ニュースレター『Weeding the News(ウィーディング・ザ・ニュース)』を立ち上げ、その「読む技術」を業界に届けています。
Weeding the News Home – Weeding the News, an e-publication by BTA Cannabis CPA Tax
「”最初に速報を出したい”という動機で不正確な情報を流すアドバイザーがいます。私の基準は、三つの独立したソースで裏を取ること。継続的に質の高い情報を出し続けること、それ自体が誤情報への最善の反論になります。正確さで積み上げた信頼は、速さでは追いつけません」
銃で撃たれ、車にはねられた。だからカンナビノイドを使う
インタビューの最後に、トーマスはこう言いました。
「正直に言います。複数の身体的トラウマがあります。車にはねられたこともあります。銃で撃たれたこともあります。その結果、神経障害性疼痛と慢性的な筋肉けいれんが今も残っています」
かつて非合法で流通させていた素材を、今は処方薬の代わりに合法的に使っているトーマス。
皮肉でも矛盾でもなく、これが彼の人生の弧の必然です。
現在使用しているのは CBD・CBDA・CBG・CBN のアイソレート(単離成分の抽出物)で、THCは使いません。
「炎症と筋けいれんには、CBD・CBDA・CBG の組み合わせが効きますね。CBNは週3〜4日、コーヒーを飲みすぎた夜に特に使います。処方薬が引き起こす副作用なしに、同等の効果を得られると感じています。それがカンナビノイドを使う理由です」
CBNへの誤解も解きます。
「眠気を誘うと一般に言われていますが、現時点ではエビデンスは限定的で、睡眠の質への影響が示唆されています。寝つけない人にはメラトニンの方が合っています。この違いを理解していない人が非常に多いです」
11月のヘンプ禁止令には個人的な怒りが滲みました。
「今はオンラインで注文すれば玄関まで届きます。11月からそれが全部なくなる。私は当事者として、非常に悔しいです」
日本のCBN規制についても率直に語ってくれました。
「依存性も酩酊性もない成分が規制されるんですね。アメリカでは大手製薬会社が反大麻ロビー活動に多額の資金を投じているのは事実です。元議員が製薬会社の取締役に就いている。これも公開情報です。陰謀理論は証明されるまでは理論であって、証明された瞬間に事実になります」
業界の裏を知り、規制の内側から戦う
「2005年に初めてディスペンサリーの設立を手伝ったとき、これが20年後にこれだけ複雑な産業になるとは思っていませんでした」
2026年現在、『BTAカナビスCPAタックス』は創業から8年目。
『ウィーディング・ザ・ニュース』も読者を増やし続け、月刊から週刊への移行も準備が進んでいます。
「『BTAカナビスCPAタックス』には、この業界の最初期から関わり、業界とともに進化してきた事務所として記憶されたいですね。『ウィーディング・ザ・ニュース』には、難しいことをわかりやすく面白く伝えるメディアとして残したい。難しいことを難しく伝えるのは誰でもできますから」
12歳のキャンディ転売から始まった商才。
15歳でのディーラー経験、強盗、色盲による軍の不合格、飲酒運転による失職、父との共同創業、公認不正検査士取得。
すべての回り道が、今のトーマス・アンダーセンを形づくっています。
業界の裏を知り、規制の内側から戦う。
それが彼の「侍」としての信念です。
シリーズ『世界の大麻侍』

21世紀、大麻・ヘンプ産業という名のカオス。
この不透明な業界で、それぞれの立場から、業界の夜明けを信じて戦うプロフェッショナルたちがいます。
彼/彼女たちの共通点は、その魂に、日本の武士道にも通じる誠実さと勇気を宿していることです。
本シリーズでは、世界中の最前線で活躍するプレイヤーを訪ね、大麻侍が守り抜く「信念の形」を解き明かしていきます。
本記事は、世界の大麻ビジネスの実情をレポートするものであり、日本国内での違法薬物の使用、所持、栽培、売買等を推奨・助長する意図は一切ありません(THCを含む大麻製品は、日本の法令で厳しく規制されています)。





