「助けるべき人には、必ず届ける」ウォール街を捨てた男が、13カ国に医薬品グレードの大麻を届け続ける
2026.09.26
『Prohibition Partners(プロヒビション・パートナーズ)』。
日本語に直訳すれば、「禁じられたものの、仲間」。
大麻産業で世界最大のB2Bメディアネットワークを束ねる会社の名前にしては、どこか奇妙に響きます。
相容れないはずの2語が、なぜ並んでいるのか。
本人に尋ねると、少し身を乗り出して答えました。
「扱うテーマを禁じられているものと同一視したかったんです。禁止されていること自体が、絶対的なナンセンスだと思うから」
話を聞いたのは、スティーヴン・マーフィー(Stephen Murphy)氏。
同社の共同創業者兼CEOであり、大麻ビジネスメディア『ビジネス・オブ・カナビス(Business of Cannabis)』、医療大麻メディア『Cannabis Health』、サイケデリック医療の市場インテリジェンス・レポート『PSYCH』、サイケデリック療法クリニック『Mindspace』を束ね、大麻情報の中核にいる人物です。
ただし10年前、彼は別の世界にいました。
アイルランド・ダブリン出身、広告代理店でコカ・コーラやギネスを手掛ける、ごく普通の広告マンでした。
「情熱を注げるブランドの仕事はできた。でも、世界的に大きな違いを生み出すものではなかった」
その違和感を抱え、2017年、欧州の大麻市場の合法事業者が「小さなテーブル1つに全員座れる」ほどのゼロ地帯に飛び込みます。
彼の手に握られた刀は、偏見と誇大宣伝を暴くための、検証されたデータです。
スティーヴン氏が広告業界で過ごした20代は、傍から見れば順調そのものでした。
アイルランド・ダブリンの大学を2008年に卒業後、テクノロジー、デジタルメディア、コーポレートファイナンスの素地を持って広告代理店の世界に入ります。
EU全域を舞台に、担当したブランドは『Ben & Jerry’s』『ギネス』『コカ・コーラ』『ユニリーバ』『ソニー・ピクチャーズ』など、誰もが知る名前ばかり。
コンペに勝ち、キャンペーンを打ち、消費を動かす。
業界ではエリートコースと呼ばれるルートを歩んでいました。
しかしスティーヴン氏の中には、どうしても消えない違和感がありました。
アイスクリームが一本売れても、黒ビールが一ジョッキ注がれても、世界の構造は何も動かない。
広告は人を一時的に動かす技術であって、それ以上ではなかったのです。
彼は後に、この時期を “being away from making a real change(本当の変化をつくることから、離れていた)”と振り返ります。
ちょうどその頃、スティーヴン氏は仕事とはまったく別の軸で、ある政策領域に目を向けていました。
薬物政策、とりわけ大麻の合法化です。
北米では州単位で合法化が進み始めていました。
カリフォルニア、コロラド、ワシントンなど、州法が連邦法を押し返す形で、「違法」とされてきたものが「合法」に書き換わっていく。
何十年にわたる「禁止」の物語が、組織立てて解体されていく歴史の節目でした。
彼は注視し続けました。
そして2016年のある時点で、確信します。
「このムーブメントが、世界に広がるのは、時間の問題だ」
EUに目を転じれば、ドイツにも英国にも合法市場は存在せず、医療大麻の患者も実質ゼロ。
合法事業者を全員集めれば「小さなテーブル1つに座れる」規模しかなく、市場と呼べるものは、そこにありませんでした。
普通の起業家なら、このゼロを「市場がない」と読むでしょう。
しかしスティーヴンは、逆張りします。
市場がないのは、つくれる余地があるということだ。
広告代理店で培った「物語を設計する技術」。
北米ウォッチで得た「規制が動く手触り」。
この二つを武器に、彼はEU大麻市場という白紙に、自分の名前を刻むことを決めます。
華やかなブランドの仕事を捨てた広告マンは、禁じられたものの側に立つことを、社名に掲げました。
2017年、『プロヒビション・パートナーズ』の始動です。
2017年に大麻業界に転身した後、スティーヴン氏が最初に手がけたのは、情報の中核を自らつくることでした。
EU各国で大麻を取り巻く規制はバラバラ、公開されている事業データは少なく、信頼できる市場分析は皆無。
ドイツ市場やイタリア市場の実態を議論しようにも、根拠となる数字がないのです。
「議論したいのに、情報も、質の高いデータもありませんでした。だから我々は、質の高い、信頼できる分析とデータを市場に供給することで、この問題を乗り越えようとしました」
彼が同年に発行した初版の『ヨーロピアン・カナビス・レポート(European Cannabis Report)』は、EUすべての市場をカバーし、各国の規制動向、流通、医療制度、投資環境を一次情報で網羅した、業界では画期的な一冊でした。
翌2018年、ロンドンの文化施設 Barbican を会場に、欧州の大麻業界が投資家・政策関係者・事業者を集めて議論するB2Bカンファレンス『カナビス・ヨーロッパ』を立ち上げます。
嗜好用の話を意図的に避け、「規制」と「人間」の会話に軸を置いた設計でした。
「スーツとネクタイで大麻を議論することで、リスクを下げ、プロフェッショナルな顔を与えた」
従来の業界イベントは、消費カルチャーや嗜好用の自由化を叫ぶ場でした。
しかしスティーヴン氏は、規制当局・事業者・医療従事者が同じテーブルに座れる「ドレスコードのある会話」を発明したのです。
この一手で、金融・製薬・コンサル業界の人材が、「大麻を真面目に話す」ことへのためらいを捨てました。
『プロヒビション・パートナーズ』は、7年で3つの柱を立てました。
グループ全体で、世界最大のB2B大麻メディアネットワークを形成しています。
ただし、どれだけ事業が広がっても、彼が守り続けている原則があります。
データの検証です。
「クリニックや事業者に話を聞くと、必ず「うちは実際より10倍うまくいっている」と言います。そのデータを検証することが、常に核心でした」
市場最高のアナリスト、リサーチャー、データサイエンティストを抱え、公開するすべての数字は社内の検証プロセスを通す。
「出すものには責任を持つ」が、彼の編集ポリシーの根っこにあります。
情報の精度こそが、政策・資本・医療を同時に動かす唯一の武器なのです。
ただしスティーヴン氏は、情報レイヤーだけに留まる人物ではありませんでした。
2018年1月、彼はロブ・リード(Rob Reid)、ベン・ラングレー(Ben Langley)』と共同で『ライフ・グループ(Lyphe Group)』 を立ち上げます。
イギリス政府が同年末に医療大麻を合法化する直前、英国初の医療大麻クリニック・グループとしての始動でした。
テレメディスン部門『 ザ・メディカル・カナビス・クリニクス(The Medical Cannabis Clinics)』 と、デジタル調剤『ディスペンサリー・グリーン(Dipensary Green)』 を組み合わせた垂直統合モデルで、処方の追跡を医師と患者の双方から可能にしました。
「我々は、最初の医師を採用し、最初のバッチ輸入と処方を得て、教育プラットフォームを一から築きました」
その後、『ライフ』は6年にわたり英国の医療大麻市場を牽引し、2024年、『ティラリー・ブランズ(Tilray Brands)』 が買収。
買収時点で累計16,000人超の患者を治療し、150,000ユニットの調剤実績を持っていました。
『ティラリー・メディカル』にとって「初の完全垂直統合型・ペイシェントセンタリック・プラットフォーム」として位置づけられる、象徴的なディールでした。
スティーヴン氏自身は2020年1月に『ライフ』の現場を離れ、『プロヒビション・パートナーズ』の情報・信頼レイヤーに軸足を戻しています。
クリニック経営者から、業界プラットフォーム設計者へ。
彼の自己再定義は、この時に完結しました。
現場に立った2年間で、スティーヴン氏は一つの冷徹な認識を持ち帰ります。
それは「患者第一」という原則の、裏側の構造についてでした。
「患者第一は絶対の原則です。しかし、多くの市場では償還されない民間市場のまま。民間企業に患者第一を頼るのは、必ずしも最良の実績があるとは限りません」
公的医療との統合がなければ、経済的に余裕のない患者、民間ルートに抵抗がある患者は疎外されます。
民間事業者はサプライチェーンでショートカットを探し、安い製品調達や、患者の最善の利益にならない効率化に走る。
原則論ではなく、現場で患者と向き合った者だからこそ見える構造でした。
スティーヴン氏は、欧州各国の大麻規制を日々ウォッチする立場にあります。
彼が「成功している」と評価する国と、「失敗している」と警告する国を、見取り図として整理します。
成功例の筆頭は、フランスです。
「フランスの医療統合、償還ポイント、製品選定の一体設計は、EUが採用可能なテンプレートになる」
医療システムとの統合、公的償還、承認製品の選定ロジックが、最初から噛み合っています。
嗜好用ではなく医療側から入り、公的医療との統合を軸にしたことが決定的な違いです。
もう一つ、スティーヴン氏が「世界モデル」と呼ぶのがスイスです。
患者→医師→規制当局→事業者が循環する、クローズドループ型のデータシステム。
患者の実態が医師を通じて規制に戻り、規制が事業者に反映される。
この情報循環が、政策を証拠に基づかせます。
一方で、スティーヴン氏が明確に懸念を示す国もあります。
ドイツは、第一段階(自家栽培と個人使用)までは実施したものの、第二段階である商用パイロットプログラムが停滞。
医療側は従来の公的償還から民間寄りへ縮小中で、公的医療との統合という「本道」から離れつつあります。
タイは、より深刻な事例として語られます。
アクセスを先行させて、系統をつくらなかった典型です。
処方可能な医師のうち、訓練を受けているのはわずか1.9%。
月次店舗売上は2025年11月から2026年8月で半減しました。
「アクセスを先に広げて、その後で系統を整えるのは、順番が逆です」
オーストラリアも構造的な亀裂を抱えます。
2024年に6.59Mユニットまで到達した市場で、わずか8人の医師が10,000件超の処方を発行する極端な集中が起きました。
価格はA$10/gを割り、2025年末に売上28.5%減。
急成長の裏側で、構造が崩れていたのです。
さらにスティーヴン氏は、EUのCBDバブルの教訓も見逃していません。
『プロヒビション・パートナーズ』の分析によれば、2021年、欧州の公開CBD企業11社の合計営業損失は6,200万ユーロ。
6社は損失を平均400%増やし、黒字だったのは『ジャズ・ファーマシューティカルず(Jazz Pharmaceuticals)』のみでした。
「初期から収益性を強調しないと、市場成熟後も黒字化しない」
品質・規制対応・マーケティング・価格。
どれか単一の軸では救済になりません。
初期からの収益性規律こそが本質だと、彼は数字で見てきました。
彼が繰り返し強調するのは、日本に向けた次のメッセージです。
「日本は、カナダ、カリフォルニア、ドイツを真似ようとすべきではありません」
スティーヴン氏の視点では、日本には他国にない強みがそろっています。
品質保証への執着、ブランドと製品の洗練、医療機関への厚い信頼。
これらは、他市場が後から苦労して構築しようとして、しばしば失敗する基盤です。
「日本の慎重な歩みは、他市場が犯した失敗を回避する道です」
彼の視界には常に、タイやカリフォルニアで起きた「制御不能な膨張と、それを引き戻す苦労」が入っています。
日本が同じ轍を踏まないのは、慎重さという武器を持っているからだと彼は見ます。
彼のコア命題は、こう整理されます。
“Legislation opens a market, but it cannot build one.(合法化は市場を開くが、市場を作りはしない)” 。
市場構築には、4つの要素がそろう必要があります。
デモグラフィクス(高齢化が需要を駆動する)、支払い構造(民間支払いがアクセスを規定する)、制度の安定性(寛容さより予測可能性)、そして行政能力(処方者・ラボ・データシステムの実装力)。
日本の場合、進むべき経路は明確だと彼は見ています。
薬事経路 です。
2023年の大麻取締法改正は済んだものの、国内で大麻由来医薬品はまだ未承認。
しかし、『ジャズ・ファーマシューティカルズ』と『日本臓器製薬』が、小児難治性てんかん治療薬『エピディオレックス(Epidyolex) の持ち込みで先行しています。
これが、日本市場の最初の一歩になる可能性が高い。
「日本の品質保証、医療機関への信頼、ブランドの洗練。これらに合わせて、明確な政策を最初から敷くべきです」
拙速に広げるのではなく、信頼のインフラを先に整える。
それが、スティーヴン氏が日本に向ける処方箋です。
取材の終わり、彼は不意にこう付け加えました。
「実は昨日、日本行きのフライトを予約したところです。私は日本の大ファン。日本でのアクセス推進・加速のためにできることなら、全面的に支援します」
取材の最後、スティーヴン氏は業界全体を判断する3つの問いを示しました。
患者安全については、オーストラリアやEUで深刻な事例を見てきた経験があります。
業界の自浄作用がまだ不十分だと、彼は厳しく自覚しています。
そしてもう一つ、彼が最も痛烈に批判するのは、政治の側です。
「ドイツの政治家は、まだ偏見と誇大宣伝で議論しています。データと患者数のボリュームがそろっているのに、エビデンスではなく政治的な好意やロビー活動で政策が決まり続けているのです」
スティーヴン氏が目指すのは、スイスのような閉じた情報循環。
患者が医師に、医師が規制に、規制が事業者に伝え、継続的に改善されることを、グローバルフレームワークとして実装することです。
EUが進める嗜好用大麻の統一ツールキット『カナポール(Cannapol)』 についても、彼は条件付きで歓迎を示しています。
「大麻改革のためのエビデンス主導のフレームづくりは歓迎します。ただし 『カナポール』が効果的であるためには、業界の実態を反映しなければなりません。業界からの再三のインサイト提供申し出に対し、誰が協議されているのか、ステークホルダーのフィードバックがどう統合されるのか、明確性が足りません」
批判するが、拒絶はしない。
改善の経路を示す。
これが彼の一貫したスタンスです。
同じ原則は、2019年から『プロヒビション・パートナーズ』がサイケデリクス事業に拡張した時にも貫かれています。
『サイコ』『マインドスペース』といったメディアの立ち上げ、MDMAによるギャンブル障害治療 への投資。
分野は変わっても、「科学・エビデンス・データで、感情的でなく」の原則は常に同じでした。
振り返れば、スティーヴン氏が社名に刻んだ「禁止は絶対的ナンセンス」という宣言は、ただの反対運動ではありませんでした。
それは、偏見と誇大宣伝で動く世界を、検証された数字で解体するという、長い作業のマニフェストだったのです。
偏見と誇大宣伝を暴く武器は、いま日本にも向けられつつあります。
「日本でのアクセス推進のためにできることなら、全面的に支援します」
その言葉が、ロンドンの画面越しに、確かに響きました。
| 項目 | 情報 |
|---|---|
| 企業名 | PROHIBITION PERTNERS |
| 設立年 | 2017年 |
| 代表者 | スティーヴン・マーフィー(Stephen Murphy) |
| 所在地 | 31 New Inn Yard, Shoreditch, London, England, EC2A 3EY, United Kingdom |
| 事業内容 | B2B大麻業界の調査・データ分析・メディア・カンファレンス運営会社(2017年創業)。欧州31市場+国際4市場の市場レポートを発行 |
| URL | https://prohibitionpartners.com/ |

21世紀、大麻・ヘンプ産業という名のカオス。
この不透明な業界で、それぞれの立場から、業界の夜明けを信じて戦うプロフェッショナルたちがいます。
彼/彼女たちの共通点は、その魂に、日本の武士道にも通じる誠実さと勇気を宿していることです。
本シリーズでは、世界中の最前線で活躍するプレイヤーを訪ね、大麻侍が守り抜く「信念の形」を解き明かしていきます。
本記事は、世界の大麻ビジネスの実情をレポートするものであり、日本国内での違法薬物の使用、所持、栽培、売買等を推奨・助長する意図は一切ありません(THCを含む大麻製品は、日本の法令で厳しく規制されています)。