フランス最大の港町マルセイユ。
その目抜き通りの名は「ラ・カヌビエール(La Cannebière)」といい、地元のプロヴァンス方言で「麻の畑」を意味します。
かつて世界有数の港として栄えたマルセイユでは、大航海時代の船に欠かせない大麻のロープが大量に使用されており、街の歴史そのものが大麻と深く結びついていました 。
その地で生まれ育ったセバスチャン・べゲリー(Sebastien Beguerie)。
オランダの『ワーヘニンゲン大学』で植物科学を学び、修士号を持つ彼の右腕には、日本語で「大麻侍」というタトゥーが刻まれています。
筆者も、現在の彼の拠点であるチェコを訪れるたびに、何度も時間を共にしてきました。
だからこそ、このタトゥーが単なるファッションではないことを、言葉ではなく感覚として知っています。
科学という「刀」で、国家という巨大な壁を切り裂いた男の誇りです。
目次
国家が仕掛けた朝5時の襲撃と、7年の法廷闘争

セバスチャンの名がヨーロッパ中に轟いたのは、2014年のことです。
彼は世界に先駆け、CBDベイプブランド『カナベイプ(Kanavape)』をリリースしました。
Kanavape — CBD isolate vape pods
「私は科学者として、CBDという分子がTHCのような向精神作用を持たず、比較的安全性が高く、重大な有害性や依存性も指摘されていないことを知っていました」。
しかし、当時のフランス政府にとって、それは公衆衛生を脅かす「薬物」以外の何者でもありませんでした。
2015年2月、早朝5時。
機関銃を携えた10人の警官隊と警察犬が、彼の自宅兼事務所に踏み込みます。
彼は凶悪なテロリストのように24時間拘留され、執拗な取り調べを受けました。
一審判決は有罪。
執行猶予付き禁錮2年と1万ユーロの罰金、さらにはフランスで最も権威ある新聞であり、国家の良心を象徴する『ル・モンド』への公式な謝罪を命じられました。
それは、科学者としての彼のキャリアと信念を社会的に抹殺することを意味していました。
しかし、彼は折れません。
科学的なエビデンスという最大の武器があったからです。
彼は『欧州司法裁判所(ECJ)』まで戦いを持ち込み、ついに2020年、歴史的な逆転勝訴を勝ち取ります。
「CBDは麻薬ではない。『シェンゲン協定』に基づき、加盟国で合法的に製造された製品の販売を妨げることはできない」。
この『Kanavape判決』こそが、カオスを極めていたヨーロッパのCBD市場を根底から変え、決定的な「夜明け」をもたらしたのです。
CBD市場の運命を変えた「Kanavape判決」の衝撃

この判決がもたらしたインパクトは、単なる一企業の勝訴に留まりません。
「無法地帯」から「法的正当性」への転換
判決以前のヨーロッパは、CBDの法的位置づけは国ごとに異なり、統一的な解釈はありませんでした。
各国が独自の解釈で規制を行い、事業者は常に逮捕の影に怯えていました。
しかし、『欧州司法裁判所』が「EU法は加盟国によるCBDの禁止を許さない」と断じたことで、法的に取引可能な商品として位置づけ直される契機となったのです(もちろん完全な合法化ではなく、規制余地は残されています)。
ヨーロッパ全土を飲み込んだドミノ倒し
この判決は法的な前例となり、すべてのEU加盟国に波及しました。
それまで国ごとにばらついていた運用は、判決を機に再検討され、ヨーロッパ全土で規制整理のドミノ倒しが起こりました。
フランス政府もまた、自国の法体系を根本から見直すことを余儀なくされたのです。
8億ユーロ規模への市場爆発
法的な枠組みが確立されたことで、投資と参入が相次ぎました。
かつては数えるほどしかなかったショップは、フランスだけでも約2,000軒へと急増し、CBD市場の規模は2022年時点で8億ユーロ(約1,480億円)を突破。
EUROPEAN CANNABIS The making of an industry
現在では、数十億ユーロを見込む巨大産業へと成長を遂げています。
セバスチャンは言います。
「この判決によって、私は『アウトロー』から『CBD市場のパイオニア』へと変わりました」と。
彼が流した7年間の血と汗が、ヨーロッパにおける大麻の「暗黒時代」を終わらせ、科学とビジネスが共存する現代の隆盛を築き上げたのです。
科学者の刀、『Alphacat』による標準化

セバスチャンのもう一つの顔は、カオスなCBD市場に『科学的な物差し』という規律をもたらす顔です。
彼は、主要なカンナビノイドをわずか30分で分析できる簡易キット『アルファキャット(Alphacat)』を開発しました。
Cannabinoid Test Kit & CBD Products | ALPHA-CAT
通常、成分分析には「フェラーリ1台分」もする高価な精密機械(HPLC等)と、多額の費用が必要です 。
しかし、彼は専門機関のブラックボックスに大金を払って丸投げする前に、誰もが自分の手元で、手軽に真実を確かめる権利があると考えました 。
この「科学の民主化」こそが、偽造品や合成成分が蔓延するCBD市場を浄化し、医師や消費者の信頼を取り戻すための武器なのです。
このキットは、ブラジルの連邦警察やチェコの税関にも導入され、科学的な「物差し」として世界中で信頼を得ています。
この「測定し、証明する」という姿勢は、今まさに日本が必要としているものでした。
合成成分の混入や不透明な表示によって信頼が揺らぐ日本市場において、彼は単にモノを売るのではなく、「科学的根拠を重んじる文化」そのものを定着させようとしています。
2013年に『北海道ヘンプ協会』へこのキットを提供して以来、日本と深い縁を育んできた彼は、2024年から日本企業と密接な準備を開始しました。
そして2025年、日本の新法規に完全に準拠し、みずからの「科学の目」で磨き上げたサプリメントと化粧品のラインをリリースしました。
ALPHA-CAT – 株式会社SAB Japan
ヨーロッパの科学者が「大麻侍」を刻むのか? 日本の伝統に見た「真実」

それにしても、なぜフランスの科学者が、その右腕に「大麻侍」というタトゥーを刻んだのでしょうか 。
植物科学の修士号を持ち、ヨーロッパのCBD産業の扉を科学と法理でこじ開けたセバスチャンにとって、これは単なるファッションではありません 。
彼にとっての「侍」とは主君に仕え、真実を守るために戦う者を指し、彼が仕える「将軍(主君)」こそが大麻という植物そのものなのです 。
アニメと武士道から始まった精神的土台
彼の日本文化への傾倒は、幼少期に熱中した『ドラゴンボールZ』などのアニメに遡ります 。
そこで描かれる「武士道」や「修行」の哲学は、彼の魂の土台となりました 。
20代で始めた合気道は、その精神を単なる知識ではなく、確固たる身体感覚へと変えていきました 。
科学者の視点で見つけた「歴史的矛盾」
彼が真に日本を「再発見」したのは、科学者として大麻の歴史を掘り下げた時でした 。
大学で最先端の論文に触れ、その有益性を確信していた彼は、日本におけるある歴史的矛盾に突き当たります 。
「なぜ日本では、繊維は神聖なものとして皇室や神社で守られながら、同じ植物の『花(薬効)』はこれほどまでに忌み嫌われるのか?」 。
この探求の原点は、1976年に発表されたピーター・トッシュの楽曲『Legalize It』にあります。
「当時、まだ科学的なデータが乏しかった時代に、彼は歌を通じて大麻の医療的価値を訴えていました。そのメッセージに強い衝撃を受けた私は、それが真実なのかを確かめるために科学の道を志したのです。そして研究の結果、彼の言葉が正しかったことが証明されました」。
聖地巡礼と「古代の未来」への確信

この問いを解くため、セバスチャンは栃木の『大麻博物館(現在休館中)』や『日光東照宮』を訪れたこともあります 。
筆者も彼と一緒に、栃木の大麻農家まで車を走らせました。
都心を離れ、畑に立ったときの彼の表情は、これまで見たどの瞬間よりも静かでした。
そうした巡礼を通じ、太陽神・天照大御神(アマテラス)と大麻の聖なるつながりを目の当たりにし、さらに古文書『竹内文書』などを通じて、人類文明そのものが大麻とリンクしているという確信に至ったと言います 。
彼は、レゲエDJとして「Ganja Samurai」という顔も持ちます。
セバスチャンは、自身のルーツであるレゲエ・ラスタファリ文化と、日本の神道の中に、欠けたピースを補い合うような関係性を見出しています。
「ラスタファリは『花』を神聖なものとして扱い、神道は『繊維』を聖なるものとして守ってきました。この2つの精神的実践が合わさることで、大麻という植物の全体を包括的(ホリスティック)に活用する、真の姿が完成するのです」。
さらに彼は、興味深い仮説を付け加えます。
「ジャマイカのレゲエやラスタファリ文化が、これほどまでに日本で深く浸透し、愛されているのは、単なる偶然でしょうか? 私は、日本人の魂の深い部分に刻まれた『植物への敬意』が、共鳴し合っているからだと信じています」
未来は、古代によって築かれる

こうした精神的な探求の果てに、彼は「古代の未来(Ancient Future)」というビジョンを提唱しています 。
かつて人類は石油ではなく大麻を基盤とした社会を生きていました 。
セバスチャンにとって大麻は、単なる嗜好品やビジネスの対象を遥かに超えた、人類が本来の姿を取り戻すための聖なる鍵でもあるのです。
実際に、筆者は日本での神前結婚式のアレンジをお手伝いしました。
形式だけではなく、その意味や背景を一つひとつ確かめながら準備を進めていった姿が印象的です。
まとめ

国家を相手取った7年に及ぶ法廷闘争を勝ち抜き、ヨーロッパのCBD市場に「夜明け」をもたらしたセバスチャン 。
その激動のキャリアを歩み、日本という国の文化と歴史を誰よりも深くリスペクトしているからこそ、彼はCBN規制などの荒波に揺れる日本へ向けて力強い言葉を投げかけます 。
規制の先にある「信頼」へのヒント
セバスチャンは、現在の日本の厳格な規制やCBNの禁止について、科学的な観点からは「中毒レベルも副作用も極めて低く、禁止に合理的な意味はない」と指摘します 。
CBNは時間の経過とともにTHCが酸化してできるものであり、不眠やストレス、疲労を軽減する非常に優れた鎮静成分であると彼は述べています 。
当局の過剰な警戒については、本来のウェルネス目的以外の使われ方を懸念してのことだろうと推察しつつも、その制限の厳しさを惜しんでいます 。
しかし、彼は同時にこうも語ります。
「今は、市場をクリーンにするためのプロセスである」と 。
かつてヨーロッパでも合成カンナビノイドの混入によって市場の信頼が失われた時期がありました 。
合成カンナビノイドの混入によって失われた信頼を取り戻すためには、この「冬の時代」を乗り越え、あらためて「今の日本の市場はクリーンである」と世界に示す必要があるのです 。
日本が再び「繁栄した市場」になるための3つの鍵
セバスチャンは、日本のCBD市場が夜明けを迎えるためのヒントとして、以下の「教育・通信・科学」の統合を提唱しています 。
- 「農業の1ジャンル」としての再定義: 大麻を単なる薬物としてではなく、歴史と伝統に裏打ちされた農業の一環として捉え直すこと 。
- ホリスティックな医療連携: 単離された成分(アイソレート)だけでなく、テルペンなどを含む植物全体の力を活かすフルスペクトラムの「ホリスティック」なアプローチを、医師や薬剤師、規制当局と連携して正しく運用すること 。
- 文化への自信: 日本人がこの植物を自分たちの文化の一部として自信を持ち、スティグマ(偏見)を払拭するための啓発キャンペーンを戦略的に行うこと。
要は伝統的な知恵を現代の科学で裏打ちし、再構築すること。
それこそが、彼が日本の仲間に伝えたい最大のメッセージです 。
腕に刻まれた「大麻侍」の誓いは、カオスな時代に終止符を打ち、科学と伝統が手を取り合う「夜明け」を、今も力強く照らし続けています
| 項目 | 情報 |
|---|---|
| 企業名 | Canebe s.r.o. |
| 設立年 | 2019年8月19日 |
| 代表者 | セバスチャン・べゲリー |
| 所在地 | Rybná 716/24, 110 00 Prague 1, Czech Republic |
| 事業内容 | KANAVAPE、ALPHACAT、GoldenBudsの運営 |
| URL | https://canebe.co/ |
シリーズ『世界の大麻侍』

21世紀、大麻・ヘンプ産業という名のカオス。
この不透明な業界で、それぞれの立場から、業界の夜明けを信じて戦うプロフェッショナルたちがいます。
彼/彼女たちの共通点は、その魂に、日本の武士道にも通じる誠実さと勇気を宿していることです。
本シリーズでは、世界中の最前線で活躍するプレイヤーを訪ね、大麻侍が守り抜く「信念の形」を解き明かしていきます。
本記事は、世界の大麻ビジネスの実情をレポートするものであり、日本国内での違法薬物の使用、所持、栽培、売買等を推奨・助長する意図は一切ありません(THCを含む大麻製品は、日本の法令で厳しく規制されています)。




