2026年6月1日に、CBN規制が施行されます。
CBNとは、大麻由来の成分「カンナビノール」のこと。
睡眠サポート効果への期待から、国内CBD市場の売上の相当部分を支えてきた”稼ぎ頭”です。
それが6月1日、指定薬物として販売・所持が禁止されます。
6月1日、日本からCBNが消える日
参考記事:CBD Library for Biz
これにともない、多くの志ある事業者が、苦渋の決断とともにシャッターを下ろしていきます。
しかし、東京の喧騒から遠く離れた滋賀・和歌山・京都・香川・北海道・広島の各地で、今日も静かにシャッターを開け続けるCBDショップもおります。
目立たず、声高に主張することもなく、ただ『目の前のお客さんのための選択肢』を残すために。
これは、CBN規制という逆風の中でも決して店を畳まない、6人のしたたかな生存記録。
彼らはなぜ、続けられるのでしょうか?
答えは記事の最後まで読んでから、それぞれが判断してください。
目次
滋賀「第一次CBDブーム」が蒔いた種は残っている。大麻やCBDへの希望は変わらない。

2026年現在、テレビでは、まだ大麻を悪者として報道しています。
しかし滋賀でウェルネスサロンを営んできた『WeeLead』オーナー金田氏(愛称:Chillin’)が受け取ってきたのは、それとはまったく別の現実でした。
お客さまに CBD をどう説明するか?
悩んだ末に、「大麻です」と正直に伝えてきました。
それで怖がる人にほぼ出会いません。
返ってくるのは「滋賀にこういう人がいたんだ」という驚きと、応援。
2020〜2023年の第一次CBD ブームは、メディアの報道とは別の場所で、大麻という植物への理解を静かに広げていた…、金田氏はそう実感してきました。
そもそも、金田氏が大麻に辿り着いたのも、だんな様がレゲエアーティストだったから。
持ち前の好奇心も手伝って、レゲエ→ラスタファーライの思想→日本の神事と麻の関係へと興味が雪だるま式に広がっていきます。
しかし調べ始めた 2017〜18 年頃は、日本語情報がほぼ存在しません。
英語ページを掘り進め、自力で「CBD」と出会ったというわけです。
アメリカから個人輸入を繰り返し(税関に没収された経験もご愛嬌)、業界の黎明期を体で知る数少ない事業者です。
CBD は「売る」のではなく「施術体験の中に組み込む」。
施術者自身がCBDアロマオイルを使うことで施術の質が変わるという独自の視点は、セラピスト業へのCBD普及モデルとして再現性があるでしょう。
今年3月には、地元の古民家で麻炭クレイシャンプー、CBDお香をつくるワークショップも開催。
小さなお子様連れの参加もあるなど、情報が少ない滋賀でも、第一次CBDブームで蒔かれた種は確かに根を張っていました。
とはいえ、度重なる規制もあり、滋賀のCBDショップは今、実質『WeeLead』だけです。
追い討ちのように、6/1のCBN規制が発表されても「やめる選択肢がなかった」と金田氏は即答します。
理由は「イメージだけで洗脳された不条理への怒り」と、麻という文化を絶やしてはいけないという使命感。
ワークショップで地道な草の根活動を続けながら、密かな野望はマッサージ大国、タイで開業することです。
規制の先に、彼女はすでに次の地図を描いています。
大麻やCBDへの希望は変わらない。
9年間、目の前のお客さんから受け取り続けてきた現実が、その確信の根拠です。

和歌山「やめるわけにはいかない」2度の規制の果てに、がんサバイバーが守り続ける信念

和歌山市駅前に、コールドプレスジュースとオーガニックフードを扱うカフェがあります。
グルテンフリー、ヴィーガン、砂糖不使用…。
棚に並ぶのは、身体と環境に優しいものだけ。
その一角に、CBDが静かに置かれています。
オーナーの中西氏が『seneca』を開いたのは2018年。
2019年からCBDを取り扱い始め、7年かけてウェルネス専門店としての信頼を積み上げてきました。
CBDとの出会い自体は、偶然でした。
店内ライブに出演したミュージシャンが愛用していたCBDオイルをプレゼントされ、2ヶ月ほど試したところ、20年来の体の悩みをすっかり忘れていた。
「お客さまにもシェアしたい」という一心で、カフェの一角で販売を始めたのが2019年10月のことです。
すると、お客様ご自身がCBDを使い始めてどう変化したかなどを嬉々としてご報告してくださるようになりました。
これまで幾つかの品の販売に携わってきましたが、これほどまで力強くポジティブなレビューを頂いた事はなかったと言います。
「CBDは絶対に淘汰されるべきものではないな」と、中西氏は強く感じたそうです。
その原体験があったから、5〜6年の経験を集大成させたオリジナルOEM製品に賭けることができました。
ところが発売から半年も経たない2024年末、改正大麻取締法が施行されます。
借入の返済原資と考えていた売上の核が消えます。
創業以来の返済実績を積み上げてきたことで、銀行側から追加融資を打診されるほどの信用力があったため、その信用を使う形で凌いできた矢先に、今度はCBN規制。
「CBDに助けられ、制度に潰される」と中西氏は苦笑いします。
それでも「やめる」という言葉は、1ミリも想像しなかったと言います。
続ける理由は、この7年で積み上げた関係性そのものです。
介護士、薬剤師、医療従事者、オフィスワーカー…。
客層の8〜9割は女性で、ウェルネス目的の顧客が中心です。自身ががんサバイバーであることをInstagramで公開し、等身大で発信し続けてきたことが、規制のたびに顧客を留めてきました。
6月以降も方針は変わりません。
規制クリア済みの製品に切り替え、月1回の「麻と音楽」イベントを続けながら、ヘンプと身体に優しいオーガニック素材を組み合わせた食の体験へと間口を広げていく。
コールドプレスジュースを手に取るお客さんが、ふと隣の棚に目を向ける。
その導線こそが、中西氏が7年かけて育ててきた、いちばんの財産。
6月1日以降も、その導線は変わりません。

京都「成分の規制に、一喜一憂しない」大麻を箱推しする”翻訳者”の生存戦略

京都に、成分規制という業界の荒波を正面から受けつつも、それを「店を畳む理由」にはしない、一風変わったヘンプ体験基地があります。
古都・京都伏見の人通りから少し奥まった場所にたたずむ、隠れ家的CBDショップ『omamori HEMP』。
お店のある2階に上がると、目に入るのはヘンプクリート(麻の建材)で作られたキッチン小屋。
小屋を横目に見ながら奥へ進むと、CBDオイルはもちろん、ヘンプウェアや雑貨の他、個性的なアクセサリー、アンティーク家具が出迎えてくれます。
建物全体はテルモハンフ(麻繊維断熱材)に包まれた、まさにヘンプを全身で体感できる空間です。
お店を運営する桃辻姉妹にとって、CBDは大麻という植物の可能性を伝えるための数ある「翻訳手段」のひとつです。
「特定の成分が使えなくなったから諦めるのではなく、どう表現を変えていくか。私たちは、大麻の箱推しなんです」
その想いの根底には、難病を患っていたご親族が、CBDを症状緩和に役立てていたという強い原体験があります。
もはや、ブームとしての成分規制に一喜一憂するフェーズはとうに過ぎています。
特定の成分に依存するのではなく、ヘンプウェアの提案やワークショップ(例.麻炭入りのクレイシャンプー、CBDとアロマオイルでつくるバーム、おがらを入れたシュガースクラブ、ハーブと組み合わせた様々なスキンケアアイテム)、さらにはマルシェでの普及活動など、衣食住のすべてを通じて「植物の力」を多層的に提案しています。
三重県明和町の栽培プロジェクトにも足を運び、栽培の現場から文化を学ぶ2人。
その視座は、CBD業界の枠を越え、日本の伝統産業としての大麻はもちろん、大麻が根付く世界中のあらゆる文化へと向けられています。
「人間にとっても地球にとっても、もっと活用されるべき植物なのに」
活かしきれていない実情を憂いながら、日本でも海外でも大麻の産業化が進み、有効活用される世の中を夢見ています。
「翻訳者」としての問いかけ。
それが、京都という土地で『omamori HEMP』が生き残り、そして文化を繋ぎ続けるための、もっとも強固な核となっています。

香川「10年後のお母さんに届けばいい」アサイーを売りながら、大麻を語る男

四国に、県内唯一のCBD専門店が残っています。
高松市のメインストリートに面したアサイーボールのお店『unioん』の中にCBDショップ『CBD takamatsu』は併設されています。
カラフルなアサイーボウルが並ぶ店内に、学校帰りの高校生が吸い込まれていきます。
2,000円のアサイーを頼んで、カウンターに座る。
そこで彼/彼女らは、オーナーの岸城氏から思いがけない話を聞くことになります。
「七味って知ってる?うどんにかけるやつ。あれ、実は大麻の種が入っているんだよ」
店主の名前は、通称”がんさん”。
香川でひとり、CBDを売り続けている男です。
麻薬取締部(マトリ)から「看板を下ろせ」と言われたこともあります。
書類送検されたことだってあります。
CBNが6月1日に指定薬物になれば、売上の柱が消えることになるでしょう。
事実、周囲の同業者は次々と撤退しました。
香川でCBD専門店を続けているのは、もうここだけです。
「寂しいですよ」と彼は言います。
それでも、シャッターを下ろす気は、まったくありません。
コロナ禍、飲食業の売上が激減。
自身が鬱になり、死を考えるほど追い詰められました。
そのとき出会ったのがCBDでした。
当時は、正直、理屈はよくわかりませんでした。
ただ、気がついたら少しずつ動けるようになります。
「これを自分だけが知っていていいのか」という思いが芽生えたのは、それからです。
「CBDで自分は助かった。ならば、同じように助かれる人がいるはずだ」。
でも彼は、崇高な使命感を語るタイプではない。
「CBDを広めたい」と声高に叫ぶことも、ありません。
飲食との組み合わせ(アサイー、ドバイチョコ、台湾かき氷)でお客さんを呼び、雑談の中で大麻やCBDの話をする。
今すぐ買わなくていい。
頭の片隅に「選択肢」を置いていけばいい。
10年後、その子がお母さんになったとき、子どもがてんかんで苦しんでいるとき、「あの(アサイーボウル屋の)おっさんが何か言ってたな」と思い出してくれれば、それで十分なのです。
つまり彼の「続ける理由」は、宣言ではなく、生活のなかに静かに溶け込んでいること。
アサイーを売りながら、大麻やCBDを語ります。
その二足のわらじが、結局いちばん強いのかもしれません。

北海道「CBDは、ウェルネスの一部」CBDを守るでも諦めるでもなく

北海道に、麻薬取締部(マトリ)とも良好な関係を築くCBDショップがあります。
札幌市内にある『NSPV』の店主・萩原氏は、マトリが査察に来るたびに、勉強会さながらの情報交換をします。
怒鳴り込まれるのではありません。
店主が丁寧に、カンナビノイドの作用機序と海外のエビデンスを説明するのです。
気づけばマトリの担当者が「なるほど」とうなずいている。
「意外と仲がいいんですよ」と萩原氏は笑います。
北海道でもCBDショップは激減しました。
厳しくなる規制と共に、いくつものCBDショップが店をたたみ、おなじみ『ドン・キホーテ』の棚からもCBD商品が消えていきました。
でも彼の店は、揺れません。
理由は単純です。
最初から、CBDだけを売る気がなかったからです。
店のコンセプトは「Beauty & Health」。
CBDはその棚に並ぶ選択肢のひとつです。
NMNも置く。
ミトコンドリア関連のサプリも置く。
奥様が主宰する食育コミュニティも力を入れている。
「エビデンスがあって、体にいいとわかれば、なんでも並べます」。
その方針は、規制があろうとなかろうと変わりません。
NMNは、注目され始めた初期の段階からすでに仕入れていました。
「当時はセレブじゃないと買えない値段でしたけどね」。
特許庁の公開情報を定期的にチェックし、機能性表示食品の届出情報を追い、海外の研究データをネットサーフィンで拾う。
それを趣味の延長でこなしているのが、萩原氏という人物です。
CBN規制が施行されれば、成分をCBDとCBGに切り替える。
それだけのことです。
「CBN規制で焦っていますか?」と聞くのが、少し野暮に感じられるくらい、彼の視座はすでに一段上にあります。
今、彼が最も注目しているのは、CBD成分そのものの動向ではなく、議員や行政に働きかけて日本のヘンプ産業の枠組みを変えようとするロビー活動の最前線です。
「アングラな方向には持っていかずに、動かしていく方が日本には可能性があると思うんですよね」
CBDを「守る」のでも「諦める」のでもなく、大きな地図を描きながら、ただ淡々と次の手を打ち続ける。
それが、北海道で生き残るということなのでしょう。

広島「アングラ感、ゼロ。それが、生き残りの戦略」70代の常連客が、今日もやってくる

広島の店に、70代の常連客がいます。
CBDを買いに70代の常連、というのは少し意外かもしれません。
でも、竹原氏が運営する広島市内のショップ『VapeLine』(ほか岩国・佐世保にも展開)を訪れると、その理由がすぐわかります。
アパレルショップのような、明るくて清潔な空間。
怪しい雰囲気が、一切ない。
誰でも入れる。
だから年齢を問わず、来られる。
「アングラな感じは出したくないんですよね」と竹原氏は言います。
これは美学ではなく、戦略です。
以前は、近隣に合成カンナビノイドを扱う競合店が現れました。
規制で3ヶ月で閉まりました。
100メートル先のVAPEショップも、顧客対応力で勝負にならず、閉店しました。
今、広島でCBDとVAPEの専門店として残っているのは、ここだけです。
竹原氏がこの業界に入ったのはVAPEがきっかけでした。
もともとタイヤメーカーの営業マン。
その後路線バスの運転手になり、趣味だったVAPEをいつしか仕事にしていた。
CBD専業ではなく、VAPEという土台にCBDが乗っている形です。
売上に占めるCBDの割合は3〜4割。
CBN規制で売上の柱が倒れても、事業全体はぶれない。
「撤退というより、商品の入れ替えに近い感じですね」。
厚労省から規制方針が公表された昨年10〜11月には、すでに動いていました。
使えなくなる成分を特定し、代替原料を選定し、体感・香り・パッケージの調整まで先回りで着手しました。
差別化の軸に選んだのは「機能性テルペン」。
脳波測定でリラックス効果が確認されているテルペンを厳選することで、CBDとCBGだけの制約の中でも「他とは違う使い心地」を作り出しています。
悪目立ちせず、焦らず、ただ一歩ずつ設計を積み上げる。
「人の役に立ちたい」という言葉を、彼はあまり口にしません。
ただ、前職で後輩が精神的に追い詰められていく姿を見たことが、この仕事を始めた遠い起点にあります。
それを問われても「まあそういうのも、あるのかもしれないですね」と、はぐらかすように笑います。
70代の常連客が、今日も店にやって来ます。
それが、答えです。

編集後記:それでもCBDショップを続ける。「それでも」の正体
今回、6名のオーナー取材を終えて気づいたことがあります。
6名とも、CBDだけを売っていません。
ヘンプウェアを売り、アサイーを売り、VAPEを売り、NMNを売りながら、CBDを置き続けている。
この業界から消えていったお店には、大きく二つの型がありました。
ひとつは、ブームの熱量を信じて、規制のグレーゾーンに踏み込んだ高濃度製品で売上を積み上げた店。
法整備が進み、流れが変わった瞬間に、在庫と家賃と訴求リスクが一気に牙をむいた。
もうひとつは、誠実すぎた店。
法に従い、正確な情報だけを伝え、「CBDで生きていく」と退路を断っていた。
いずれにしても「CBD一本で道を切り拓く」と決めたお店から、静かに消えていきました。
つまりこの業界では今、「CBDへの純粋な想い」だけでは生き残れない側面もあります。
これは悲しいことなのか、当然のことなのか。
正直、判断がつかないのですが、一つ言えるのは、6名が共通して持っているのは「CBDへの執着」ではなく、「目の前のお客さんを手ぶらにしたくない」という切実な動機、あるいは「この植物の可能性を、誰かに伝え続けたい」という、静かな使命感だということです。
『Seneca』中西氏が、お客様から「CBDで人生が変わった」と嬉々として報告を受けるたびに感じたという「これは淘汰されてはいけないものだ」という確信は、まさに典型的なエピソードです。
業界の内側にいると、規制の動向やメーカーの撤退情報、成分の合法・違法ラインに目が向きがちです。
でも実は、生き残っている店のカウンターでは、もっと素朴な会話が続いています。
「最近どうですか」「また来ました」「これ、どんな感じですか」「友達にも教えておきました」。
最初はアサイーを食べに来ただけだった若者が、数年後に大人になってから店を訪ねてくる。
70代の常連が、「今日は連れてきました」と知人を連れてくる。
ワークショップで麻に初めて触れた誰かが、その感触を食卓に持ち帰る。
そういう、ゆっくりとした馴染み方が、この業界の本当の地力なのかもしれません。
CBDの市場規模がどうなるか、誰にもわかりません。
規制がこれからどう動くかも、見通せない。
「そんなもの、AIにでも予測させておけばいい」と言わんばかりに、滋賀と和歌山と京都と香川と北海道と広島に、今日も店が開いています。
それだけで、この業界の話には続きと伏線があるということです。
その物語の「続き」を正確に記録し、みなさまの手元に届ける。
私たちも、そんな「しぶといインフラ」であり続けたいと思います。
▶︎ 日本最大級のCBDショップ検索サイト『CBD Library』

※本記事は、CBD部が主催する「2026 CBDアドベントカレンダー企画」に参加しています。『CBDアドベントカレンダー』とは、CBD業界の当事者たちが、それぞれの視点から業界の今と未来を語る、そんなシリーズ連載のひとつです
▼前回、参加時の寄稿記事

「CBDメディアが見た、世界の大麻展示会|副流煙でブリって、大麻苗を配るそばで、キッズが遊び回る世界線」と題して、ヨーロッパ三大大麻展示会(Cannafest、MaryJane、Spannabis)の情報をご紹介しました。





